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2018年05月15日
ブログ

ジョン万次郎(中浜万次郎)~幕末から明治にかけて活躍

 

 2018年は明治維新から150年。NHK総合テレビの大河ドラマは西郷隆盛さんを中心にした幕末から明治にかけてのドラマ「西郷どん」が放送されています。

西郷隆盛が尊敬し慕っていた薩摩藩の島津斉彬に海外の情勢や文化等の情報を教えた「ジョン万次郎」について調べてみました。


幕末の志士や知識人に西洋の知識を教え影響を与えた「ジョン万次郎」

ジョン万次郎(中浜万次郎)は現在の高知県土佐清水市出身。1827年に貧しい漁師の次男として生まれました。

1841年1月27日(天保12年1月5日)14歳の時に炊係で乗り込んだ漁船が遭難し伊豆諸島の鳥島に漂着して生活していたところ、島に立ち寄ったアメリカの捕鯨船の乗組員に発見・救助されました。

鎖国している日本に生還することができず捕鯨船にのってアメリカ本土に渡り捕鯨船のホイットフィールド船長の養子となって一緒に暮らし、オックスフォード学校、バーレットアカデミーで英語・数学・測量・航海術・造船等を学び卒業後は捕鯨船の乗組員になりました。

1850年(嘉永3年)12月17日上海行きの商船に乗り込み、購入した「アドベンチャー号」で1851年(嘉永4年)2月2日に琉球に上陸。鎖国の日本に帰国。

帰国後の万次郎は「日米和親条約」の締結に尽力し、土佐藩や薩摩藩で英語、航海術、測量術などを教えました

「日米和親条約」とは1854年3月31日(嘉永7年3月3日)に江戸幕府とアメリカ合衆国が締結した条約のことです。この条約により日本は下田(静岡県下田市)と箱館(北海道函館市)を開港し鎖国が終焉。

また、日米修交通商条約の遣米使節団の1人として咸臨丸に乗船して勝海舟や福沢諭吉等と共にアメリカに渡っています。

明治維新後は開成学校(現在の東京大学)の英語教授に任命されています。

日本に「ABCの歌」を紹介したのは万次郎です。

坂本龍馬も万次郎から西洋の知識を学びました

高知県立坂本龍馬記念館

ジョン万次郎について詳しくは

土佐清水市ホームページ 観光情報

 写真:ジョン万次郎資料館と中浜万次郎の銅像 

 

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